HOME 学会概要 入会案内
 
過去の学術集会
研究情報・研究会など
関連サイト/リンク
認知症疾患の神経病理
医学会からのお知らせ
 
 
<<<一覧に戻る
生理的加齢の神経病理
脳の生理的萎縮と組織構造 —変性疾患との比較—

図1

図2

図3
 同じ萎縮があっても「生理的萎縮」と変性疾患などによる「病的萎縮」では組織病理に違いがある。CTやMRIでも知られているように、高齢者脳では若年者(図1C)と比較すると前頭葉が萎縮して見えるが(図1A)、同じく前頭葉が萎縮する前頭側頭型認知症(FTD)脳(図2B)と組織構造を比較すると、この「生理的萎縮」と「病的萎縮」の違いがよく分かる。図1AとBでは肉眼的には同じように前頭葉が萎縮してみえる。これを顕微鏡で観察すると、高齢者脳の前頭葉皮質では若年者(図2C)と比較して皮質厚が減少し、萎縮があるものの層構造は保たれていることが分かる(図2A)。これに対してFTD脳では皮質の上層(2〜3層)の神経細胞脱落があり、層構造のバランスが崩れている(図2B, E)。このような構造変化がどのように臨床に反映されるかを皮質構造の単位である機能円柱(functional column)で考えてみよう(図3)。カラム内では、4層に入力された情報は2, 3層を経由して5層から出力され、また、2, 3層からは他の皮質へ出力する経路が知られている。図3Bのように皮質の上層(2, 3層)の神経細胞脱落がある場合、全体的な神経細胞脱落のある高齢者脳(図3A)よりも機能は大きく障害されるであろう。バランスよく萎縮した高齢者脳では、若年者(図3C)に較べて入力や出力の量的減少はあるものの機能自体は保たれていると考えられる。これは臨床的には「生理的萎縮」の認められる領域の量的機能低下として現れ、高齢者の発動性の低下や、思考は緩慢化しているが認知症ではないという状態をよく説明する。


図4
 このような「生理的加齢脳」と「病的脳」のバランスの相違は大脳皮質以外でも観察される。線条体には大細胞と小細胞があり、その比は約1:140である。ハンチントン病では大細胞は比較的に保たれるが小細胞が萎縮・脱落するので、この領域が高度に萎縮する。高齢者脳でも神経細胞は減少しているが大細胞と小細胞は同じ割合で減少するのでバランスは保たれている(図4A〜C)。以上のような特徴を疾患の側から見ると、変性疾患では特定の領域や系統を好んで侵す傾向があり、そのためにバランスが崩れているということである。

 このように加齢脳の組織構造はバランスがとれた萎縮像を示すが、脳領域により萎縮傾向には違いがあり、前頭葉が萎縮しやすく、次いで側頭葉の特にシルビウス裂周囲領域であるが、後頭葉は保たれる傾向がある。

 さて、図2や図4をよく見ると、FTD, ATDやハンチントン病(変性疾患)の変性領域では神経細胞脱落があるが、一見、細胞数が増えているようにみえる。これはグリア細胞の増加によるものである(図4B)。一方、加齢脳では神経細胞の減少はあってもグリア細胞は増えていない(図4A)。これは変性疾患では比較的急速に病変が形成されるのに対して、加齢脳ではゆっくりと萎縮が起こるので組織の反応が起こりにくいことを示していると考えられる。しかしながら、加齢脳にまったくグリオーシスが起こらない訳ではない。グリア細胞増加はないが線維性グリオーシスとして認められる領域がある。生理的に繊維性グリオーシスの起こりやすい領域は軟膜下(軟膜下グリオーシス)や上衣下(上衣下グリオーシス)であるが、特に大脳皮質の脳表直下や側脳室隅角部に強くみられる。この他、中脳水道周囲、オリーブ核周囲、前庭神経内側核にも種々の程度に線維性グリオーシスが認められるので、所見の判定には注意が必要である。


図5

図6
 加齢脳での神経細胞の減少について、さらに掘り下げて神経細胞レベルで萎縮〜消失の過程を見てみよう。加齢脳での神経細胞脱落は、単に細胞が萎縮して消えてゆく死に方で、この過程は「単純萎縮 (simple atrophy)」と呼ばれる(図5)。単純萎縮はATDを含めた変性疾患やアルコール症でも起こる普遍的なタイプの細胞死であり、ATDを含めた変性疾患ではその程度が高度に起こる。Scheibelはゴルジ染色を用いてこの過程を観察した(図6:Scheibel ME et al., Exp Neurol 47(1975)392-403)。最初に起こるのは細胞体と樹状突起を覆っているspine (樹状突起棘) の密度の減少で、次いで、樹状突起自体の結節化とともに所々でspineがかたまって脱落してゆく。樹状突起は水平方向に出る突起と基底突起から失われ、先端樹状突起は萎縮しながら最後まで残るが、最終的に細胞の核濃縮が起こると萎縮した細胞体とともに消失する。即ち、細胞消失は神経突起から起こって細胞体に及ぶ。

 加齢脳ではこのような単純萎縮・脱落の過程にはない神経細胞自体も若年者と較べると小さくなっている。体細胞と同様に脳の細胞も老化に伴って細胞外液は変化しないが、細胞内の水分含量は減少し、コロイドがゲル化して縮んでゆく傾向がある。そして細胞体にはしばしば消耗色素(リポフスチン)が沈着している。シナプスについて見ると、60歳以上の高齢者では約20%程度減少し、とくに前頭葉で有意に減少している。

 神経細胞の萎縮・脱落はその領域の細胞に一様、同時に起こるのではなく、個々の細胞毎にバラバラに起こり、すぐ隣には健常な細胞がみられるという風である(図5)。これは機能の維持、代償という意味において重要である。このようなバラバラな脱落の仕方は変性疾患の場合であっても同じであるが、上述したように生理的脳と変性疾患脳では系統性に加えて、脱落の程度や速度に違いがある。
加齢性構造物

表1
 加齢に伴って、脳には様々な加齢性構造物(表1)が出現する。加齢性構造物から見ると、加齢脳と疾患との間は必ずしも分明ではない。表1から分かるように加齢性構造物のいくつかは変性疾患に病的意義を持って出現するものである。老人斑、神経原線維変化、レビー小体が代表的なものであり、この他にスフェロイドやラフォラ小体なども挙げられる。加齢脳でのこれらの構造物の出現については一定の範囲内での出現が「生理的出現」とされ、それを超える量的出現および分布範囲の広がりがある場合は病的状態(疾患)とされるが、両者の間に明瞭な境界はない。主な構造物について生理的加齢の観点から解説する。

■老人斑 (senile plaque: SP)


図7

図8
 非認知症者脳でのSPの出現は加齢に従って増加し、80歳代まではほぼ直線的に増加するが、それ以降は増加率が緩やかとなる。SPの形態は単一ではなく、非認知症で出現するSPは、最初は不正な形をした「び漫性老人斑」 (DP: diffuse plaque)(図7)であることが多いが、加齢とともにコンパクトな形をしたSPが増えてゆく。非認知症とATD間でのSPの出現量の相違、分布の相違については古くから関心が持たれ、検討された。結論はATDでは量、分布ともに増大するが、非認知症との間に境界はなく連続しているということである。NFTと異なり、SPの出現は連合野に始まり、前頭葉、側頭葉、後頭葉の底面の皮質3層を中心に出現し始める。この段階では海馬にはSPは出現していない。次いで、海馬領域を含めた辺縁系、連合野全体に及ぶ。海馬領域では海馬傍回から始まり海馬体へと広がって行く。最終的には一次知覚・運動野、線条体、視床、視床下部、小脳に広がって行くが、この段階では殆どがATDである(図8:Braak H and Braak E, Acta Neuropathol 82(1991)239-259)。


図9

図10
 図9はSPの出現ついて非認知症者で検討した結果である。30歳代でSPが出現することは稀であるが、下側頭回皮質等で調べた出現率は40歳代で約8%、50歳代では約17%であった。40〜50歳代で出現するSPのタイプはDPであった。これらの人達が将来ATDになる予備群であるかどうかは関心が持たれるところである。これを間接的に推測するために、SPが出現しない群、出現する群、ATD群の3群間で、アポEの遺伝子多型頻度を比較した結果、ATDの危険因子であるε4の頻度は、ATD群28%, 40〜50歳代でSPが出現する群21%に対して、SPが出現しない群は0.06%であった。この結果は40〜50歳代でSPが出現している人達は将来ATDに発展する可能性が高いことを示している(図10)。また、この結果はSPが出現しはじめてからATDが発症するまでに20〜30年のタイムラグがあるという推測を支持している。非認知症者でSPが出現していない人達は70歳代で61.4%、80歳代で43.5%であった(図9)。

■神経原線維変化 (NFT: neurofibrillary tangle)(図11)


図11

図12

図13
 加齢に伴う生理的なNFTの増加・分布の進展はSPと同じく病的状態と連続性があるが、少し事情が異なる。

 分布の進展はほぼ定型的であり、最初に経嗅内野に出現する。次いで、嗅内野のpre-α(2層)に広がる。海馬では最初に海馬支脚、CA1に出現し、加齢とともにCA3, 4にも出現するようになるが、その量はCA1と比べると少ない。CA2は出現が免れる部位であるが、90歳以上の超高齢者になると出現していることがある。大脳新皮質では前頭葉底面、側頭葉内側領域〜底面の5, 6層を中心に出現し、加齢に伴って増加するが海馬領域と比較すると新皮質のNFT出現量ははるかに少ない。皮質下神経核では、扁桃体の特に皮質核・内側核群、マイネルト核、対角回核、乳頭漏斗核、隆起核、灰白結節が好発部位であり、脳幹領域では縫線核、上中心核、次いで、被蓋網様核、青斑核、橋や延髄の網様体のモノアミンニューロン分布にほぼ一致して出現する。このような皮質下神経核での分布領域はATDでの好発領域と全く一致している。NFTの出現の進展様式についてはBraakによる詳細な報告があり、そのステージ分類が広く引用されているので図とともに付記する(図12, 13: BraakによるNFT進展図/Braak H and Braak E, Acta Neuropathol 82(1991)239-259)。

 NFTの生理的な加齢性増加・進展と疾患との関係について、ブラークステージ (Braak stage: BS) に従ってみてみよう。上述したように、NFTは加齢に伴って海馬領域を中心にその出現量や分布領域を広げて行く。その程度がBS III〜IVになると認知症を示す症例が増えてくる。この場合、大脳皮質に広範にSPを伴う場合はATDであるが、SPを伴わないか、非常に乏しい場合は神経原線維変化型老年期認知症 (senile dementia of neurofibrillary tangle type: SD-NFT) というタイプの認知症である。NFTに関して、正常加齢とSD-NFTとの間の境界はなく連続している。SD-NFTは正常加齢の延長線上にある加齢要因に基づく超高齢者の認知症であり、そのNFTの出現の程度はBS IVにとどまり、ATDのように大脳新皮質に広汎にNFTが出現するBS V, VIに至ることはない。


図14

図15
 当然のことであるが、ヒトには個人差(教育や代償能力の差)があるので同じ程度の病変があっても認知症示したり、示さなかったりする。図14は一般病院で死亡した高齢者のNFTのBSを調べたものであるが、BSは0からVIに及び、全体ではほぼ加齢に従ってステージが上昇することが分かる。The Nun studyに掲載されている図15は別の視点からこの問題を扱っている。図15はCDR 0.5(*注釈)の高齢者のBS分布を示したものであるが、BS I, IIですでに軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment: MCI)に相当する高齢者がいる一方で、BS V〜VIに至ってもMCIレベルに留まる高齢者もおり、代償能力や環境要因の重要性を示している。

*注釈 CDR(Clinical Dementia Rating: 臨床認知症評価法) は、患者本人と家族に対する半構造化された認知機能に関する6項目の質問によって構成されるATDの重症度の評価尺度である。評価は正常の0から,疑いの0.5,軽度の1,中等度の2,重症度の3までの5段階で行われ,CDR 0.5がほぼMCIに相当するとされている。MCI(軽度認知障害)とは、本人あるいは家族の訴えによる記憶障害があり、その程度は年齢や教育レベルでは説明できない低下であり、日常生活動作(ADL)は単純なものは保持されているが、複雑なものが障害されている状態、と定義されている。

付記:Braakによる神経原線維変化分布のステージ分類(図12)
Stage 0:
NFTは出現しない(Braakの原典ではstage 0は記載されていない)。

Stage I:
NFT, NTが経嗅内野のPre-α細胞 (II層) に限られる段階。ごく少数のNFTは嗅内野のPre-α、海馬CA1、基底前脳の大細胞核や視床の前背側核にも散在する。

Stage II:
Stage Iの進行した段階で、多数のNFTが経嗅内野Pre-αに出現する。嗅内野Pre-αではNFTの密度はやや少ない。海馬体ではCA1〜海馬台移行部に少数出現する。ごく少数の弧発性のNFTが等皮質の連合野に出現してもよい。

Stage III:

経嗅内野と嗅内野のPre-αは高度に冒され、経嗅内野Pre-αにはゴーストタングルがみられることがある。Pri-αやPre-β細胞にも少数のNFTが認められるようになる。海馬体ではCA1にごく少数のNFTが、海馬台の錘体細胞には尖端樹状突起までのびるNFTが出現するようになる。CA2〜CA4では少数の細胞を除いて変化をまぬがれる。等皮質では症例によっては前頭、側頭、後頭連合野の底部のIII, V層に少数のNFT, NTが散在する。多くの例で基底前脳大細胞核、視床前背側核、扁桃体に軽度の変化がある。弧発性のNFTが視床結合核, 視床下部の乳頭隆起核にみられることがある。

Stage IV:
経嗅内野、嗅内野Pre-αは非常に高度に冒され、多数のゴーストタングルが現れる。Pri-α、Pre-β層もかなり冒される。海馬体ではCA1に多数のNFTが現れる。CA4では歯状回近傍に多極性細胞の星形NFTが現れるようになる。等皮質はごく軽度の変化にとどまり、一次運動・知覚野に変化はない。扁桃体ではNFT, NTはおもに腹外側核に出現する。前障の基底部は軽度に冒される。被殻と側坐核の基底部にNFTがみられることがある。視床前背側核はNFTとNTで密に満たされ、結合核や視床下部の乳頭隆起核もより強く冒される。

Stage V:
Pre-α層には非常に多くのゴーストタングルが存在する。深部のPri-α層も強く冒されNTが帯状にみえる。Pre-βやPre-γ層も明らかに冒されるようになる。傍海馬台と経海馬台の小細胞層にNFTや多数のNTが出現する。海馬体はすべての部位が冒される。海馬台のNFTから尖端樹状突起に向かって伸びる高度のNTは特徴的で、CA1のflame-shaped NFTと容易に区別できる。CA1にはNFT含有錘体細胞が群集するが内側よりも外側錘体細胞層に強い。CA2はNFT形成に抵抗性があるが個人差が大きく早期に高度に冒される例もある。CA3とCA4には少数のNFTが存在する。Stage Vでは等皮質が強く冒されるが、所見がまだ軽い段階では変化は側頭〜後頭葉の内側基底部および底面、次いで、島と眼窩皮質の前基底部が冒される。より高度になると上側頭回を除くこれらの領域にNFTとNTが多量に出現する。すべての連合野が冒されるが一次知覚野は抵抗性があり、一次運動野は等皮質のなかでは最も冒されにくい。皮質下神経核の変化はstage Vでより明瞭になる。扁桃体に接する前障の基底部は恒常的に冒される。視床の前背側核には多数のゴーストタングルが現れ、前腹側核にも最初の変化がみられるようになる。少数のNFTとNTが視床下部の外側隆起核や黒質の緻密層に観察される。

Stage VI:

stage Vの変化がより進行する。Pre-α, Pri-αのかなりの神経細胞脱落に平行して多数のゴーストタングルがみられる。しばしばゴーストタングルは除去されてグリアに置き換わっている。傍海馬台と経海馬台の小細胞層は多数の小NFTと密なNT網が出来上がる。海馬体はNFT, NTに満ちている。歯状回の顆粒神経細胞の無数のNFTはstage Vとの鑑別点である。CA1は高度の神経細胞消失と無数のゴーストタングルで特徴付けられる。海馬台ではNFTは少数であるがNTは密に存在する。すべての等皮質連合野は非常に高度に冒される。一次感覚野ではV層にNFTは少ないが密なNTが境界明瞭な帯を形成し、stage Vとの鑑別点となる。これに対して一次運動野のV層に所見はみられない。皮質下神経核は非常に高度に冒される。視床の前腹側核を被う嗜銀性の神経突起網は網様核にまで延びる。前背側核は特に高度に冒される。視床下部の外側隆起核にNFTがみられることがある。Stage VIは錐体外路系が冒される点が特徴的である。線条体のほとんどの大型細胞とかなりの数の中型細胞がNFTを示す。さらに、長く延びた樹状突起をもつNFTが黒質の多くのメラニン含有細胞に認められる。
Copyright 2007 Japan Society for Dementia Research All Rights Reserved
HOME