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認知症疾患の神経病理
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神経変性の病理
変性疾患と組織の変性

表1
 神経変性疾患は認知症全体の約70%を占め、そこには多くの疾患単位が含まれる(表1)。すべての変性疾患の組織には変性という共通の病理が起こるのでこれを理解しておくとこは重要である。

 組織の変性には外傷、炎症や循環障害などの原因が明らかな外的要因に伴って二次的に起こる組織の変性と、変性疾患の際の組織の「一次変性」と呼ばれる変性が区別されることがあるが、いずれも組織の崩壊と反応過程であり、最終的には萎縮に至るという意味において本質的な相違はない。しかしながら、二次的に起こる変性が通常は急速に起こり、組織の崩壊が著しく、清掃・修復にはしばしば中胚葉系の動員があるのに対して、一次変性は緩徐に進行し、清掃機転も目立たず、通常はグリアの反応という形の修復像を示す。そして、なにより二次的な変性の場合の細胞死の主体は壊死(necrosis)であるのに対して、変性疾患では「単純萎縮」という、未だその機序が解明されていない緩徐なタイプの細胞死が起こる。


図1
 このように、両者の病理像には相違があるので、変性疾患に伴って起こる一次変性を理解することには意味がある。認知症疾患のなかで最も大きな割合を占めるのはアルツハイマー型認知症(ATD)をはじめとする神経変性疾患 (neuro-degenerative disease) である(表1)。表に示したように、ほとんどの変性疾患には封入体 (inclusion body) が出現する。封入体は、今日ではそれぞれの疾患の原因タンパクのコンフォメーションの異常に基づいて形成されると考えられており、その形態や分布は病理診断の重要な手懸りとなる。変性疾患のもう一つの柱は上記の「組織の変性」である。封入体と違って、組織の変性は程度の違いはあってもすべての変性疾患に共通する非特異的な病理所見である。もう少し詳しく言うと、変性の強さや領域によって、組織変性像には多少の相違がある。逆に言えば、組織の変性像やその分布・広がりから、(異なる疾患であっても)その症例の臨床像や経過をある程度推測することが出来る。組織変性を構成する病理所見は、1)神経細胞の萎縮・脱落(疾患によってはグリア細胞にも一次変性が起こる)、2)組織の粗しょう化・海綿状態、3)グリア細胞の反応・増加の3過程である(図1)。この3過程の関係は、最初に神経突起(軸索、樹状突起)を含めた神経細胞の脱落が起こり、変性した組織は清掃され、組織が粗しょうとなると共に、グリアが反応し、増加する。それぞれに以下について解説する。
神経細胞の萎縮・脱落

図2

図3

図4
 変性疾患に見られる神経細胞死には二つのタイプがある。一つは封入体が細胞内に蓄積して、その結果、細胞が崩壊するタイプの細胞死であり、もう一つは単純萎縮から細胞死に至る過程である。単純萎縮による細胞死は生理的加齢脳にも見られるタイプの細胞死であるが、変性疾患でははるかに高度に起こる(図2B:Scheibel ME et al., Exp Neurol 47(1975)392-403)。この単純萎縮・細胞死には疾患の原因タンパクが関与していると考えられているが、同じ原因タンパクに基づく封入体蓄積による細胞死とは全く異なった像を示す*。

 単純萎縮を示す神経細胞を電子顕微鏡で観察すると、全体に電子密度が増加して暗調となり、光額顕微鏡での観察に一致していびつに萎縮している(図3A)。核は次第に小さく濃縮するが、アポトーシスの特徴である分節化はしていない。核クロマチンは小さな塊を形成して核内に分布するようになる。細胞体ではミトコンドリアは増加し、膨化して明るくなっている。ゴルジ装置や粗面小胞体の膜間は拡大し、これに付着するリボゾームが消失しているが、遊離リボゾームが著明に増加する(図3B)。このような変性疾患の細胞死の過程は緩徐に進行しており、二次的な組織変性の際に見られるネクローシス**とは異なっている。また、細胞体の単純萎縮対応する所見は神経突起にも観察される。樹状突起は電子密度が増加して暗調となり、その本来の形態を失い萎縮して捻れており、微小管や神経細糸は失われている。これより少ないが同じ変化を示す軸索も観察される。変性疾患で大脳皮質の神経細胞脱落(変性)は2, 3層に始まり、高度になると皮質全体に及ぶ(図4)。


図5
 これに対して、封入体による細胞死の例として神経原線維変化 (NFT)が蓄積している神経細胞を見てみよう。NFT形成の初期段階では核自体には変化はない。また他の細胞小器官もNFTの蓄積により物理的に排除されているが、おのおのの形態は正常に保たれており、特定の細胞小器官の増減はないように見える(図5A)。NFTは通常ユビキチン化されているが、自家貪食作用を受けたり、ライソゾーム系により処理されたりしておらず、細胞内に形成された異物として認識されていないように見える。NFT形成が進行した段階になると、核は圧排されて小さく濃縮し、他の細胞小器官も周辺に押しやられるために密となり、電子密度が増加する。さらに、進むとその細胞が本来含有する小器官は明らかに減少しており消失する。この段階ではNFTの充満により細胞はNFT全体の形態を表現したいびつな形を示すに至る(図4B)。終には細胞自体が崩壊するが、この過程では細胞は蓄積するNFTによって物理的に圧壊されて死んでゆくように見える。

*このような原因タンパクを同じくする二つの細胞死の形態の違いの説明として、封入体の形成は細胞内における防御機構により、無毒化することが出来た姿を示しているという解釈があるが確証はない。変性疾患では原因タンパクが異なっても組織変性像は共通しており、単純萎縮細胞死を引き起こすメカニズムも共通していると考えられる。その機構として転写障害が注目されているが、未だ明らかではなく、その解明は治療に結びつく重症なテーマである。


図6
**神経細胞のネクローシス(壊死)の病理像を現す用語として、核の消失過程の像を核の過色、濃縮、融解などと呼ぶ。細胞体全体像では「Nisslの重篤変化」や「Spielmeyerの断血変化」(図6A)がよく知られているが、いずれも細胞壊死の一つの表現型である。
組織の粗しょう化・海綿状態

図7
  組織のなかで、細胞体や血管以外の領域はニューロピルと呼ばれる。光学顕微鏡で観察すると、一様に染色され何もないように見えるが、そこには神経突起(軸索、シナプス終末、樹状突起)やグリアの突起で隙間なく満たされている。Scheibelは神経細胞の萎縮・脱落過程をゴルジ染色で観察し(図2B)、脱落は樹状突起から始まることを示したが、このような神経突起から始まる細胞脱落によりニューロピルの粗しょう化が起こり、組織は萎縮する。そして、変性の程度が強い***ほど高度の粗しょう化として観察される(図7A - D)。

 ところで、組織の粗しょう化 (rarefaction: 図7B) とともに海綿状態 (spongy state: 図7D) という用語もよく使われる。両者は明瞭には区別し難く、実際には混在していることが多い(図7C)。代表的な海綿状態は海綿状脳症(プリオン病)で観察される大小の空胞の集合である。この空砲はシナプス終末が膨化したものである(図7D)。この他、細胞体自体の膨化、樹状突起やシナプス後終末の膨化やアストロサイトの膨化が海綿状態として観察される。すなわち、海綿状態は細胞の構成要素の一部が膨化したものであるのに対して、粗しょう化は主に神経突起や細胞体の脱落によりもたらされた所見である。両者は必ずしも明瞭に区別されるものではなく、いずれも組織の崩壊過程を現す所見である。

 注意を要するのは急性の虚血時のアストロサイトの膨化による組織の海綿状態である。大脳皮質の虚血病変は2, 3層と皮質と白質の境界に沿ってベルト状の海綿状態として形成されやすく、神経細胞の脱落とグリアの反応を伴うで、しばしば変性所見と間違えられる。組織壊死に至らないような軽い虚血の場合はとくに区別が困難なことがある。虚血病変が脳回の脳溝部に特に強調されているか、海馬CA1やプルキンエ細胞層などの特に虚血に弱い領域の所見、虚血神経細胞(図6A)の存在などで総合的な判断が必要である。

***変性の程度が強いとは、一つには同じ疾患、同じ経過年数であっても病勢が強いということが考えられるが、一般的には病変形成の速度が関係する。病変形成の速度が速いほど、組織の反応は強く、ダメージも大きいので強い変性が起こる。
グリア細胞の反応・増加

図8
 変性過程ではアストロサイトの反応が目立つ所見である。一般的な経過として、強い変性があると、アストロサイトの数が増加する(増殖)とともに、個々の細胞の核は明るく大きくなり、細胞体は肥大してエオシンに赤く染まって見える。このようなアストロサイトは「肥はんアストロサイト」(hypertrophic astrocyte, gemistocytic asutrocyte)と名付けられ、皮質の深層から皮髄境界に多く出現する(図8A)。これはグリアフィラメントが高度に増加し、強くGFAPが発現しているためである。肥大したアストロサイトは経過とともに核や細胞体は収縮し、四方に細い突起が延びる線維性アストロサイトとなり(図8B)、GFAPの発現も弱くなる。最終的には核は消失し、GFAPの発現も消失した線維性グリオーシスとなる(図8C)。ゆっくりと進行した症例、すなわち変性が強くない場合は肥大したアストロサイトは見られず、最初から線維性アストロサイトの種々の程度の増殖が認められるのみである。この場合も経過とともに線維性グリオーシスとなる。ところで、生理的加齢脳の場合は線維性アストロサイトの増加もなく線維性グリオーシスが認められるのみである。このようにアストロサイトの形態の相違は変性の強さや経過を反映しているので、その像から疾患過程をある程度類推できる。

 組織の清掃にはアストロサイトも関わるが、ミクログリアが中心となる。変性疾患の際のミクログリアの活動はヘマトキシリンエオジン染色などの通常の染色では目立たず、棹状細胞の散在や消失しつつある神経細胞周囲にアストロサイトとともに神経食現象 (neuronophagia)として集簇した像が見られたりする(図6B)。しかしながら特殊な免疫染色で観察すると活性型ミクログリアの活発な活動による清掃過程が観察される。このようなミクログリアは外胚葉性の静止ミクログリアが活性化したものと考えられている。

 以上のような変性過程において神経細胞の脱落は重要な所見であるが、高度の神経細胞脱落がある場合を除いて、その程度を把握することは困難なことである。それは一つにはヒトの目が無くなったものよりも存在するものを容易に認識することにあると思われるが、さらに把握を困難にしているのは、変性過程における組織の萎縮と細胞脱落の程度のバランスである。組織の萎縮が強いと細胞密度が高くなるために、見かけ上、(神経細胞の脱落があっても)細胞数が増加して見えると言うことが非常にしばしば起こる。従って、変性の存在や程度を知る最も良い指標はアストロサイトの増加とその形態であり、次いで組織の粗しょう化・海綿状態の程度を観察することである。
変性疾患の脳病変領域と臨床

表2
 変性疾患には、筋萎縮性側索硬化症のように機能・解剖学的に特定の系統が冒される系統変性疾患があるが、認知症を来す変性疾患の多くは明確な系統性を示さない。しかしながら、そのような場合でも、脳が広く一様に冒されるということはなく、表2に示したように変性は特定の領域に強調されている。そして、明らかな系統性はなくともその背景には脳の分化・発達過程と機能分化が関与しているようである。


図9

図10
 認知機能を担う大脳皮質が主に冒される皮質性認知症には、情報を処理・統合する道具機能を中心に冒される後方型認知症と、情報に基づいて判断、行動とそれを支える意欲に関わる前方型認知症に分けられる。後方型認知症の代表はATDであるが、ATDの大脳皮質では脳の髄鞘化が最も早い一次知覚・運動野は冒されにくく、髄鞘化の最も遅い中・下側頭回や異種感覚連合野である角回・縁上回が冒されやすい(図10:Flechsigの脳の髄鞘化地図参照)。前方型認知症の代表はピック病であるが、ピック病ではヒトに特有な高級感情が冒され、その背景にはヒトで高度に発達した前頭・側頭前部の変性がある。大脳白質が一次性に冒される変性疾患はないが、白質が広汎に冒されるビンスワンガー型白質脳症やleukodystrophyでは高次の皮質機能は比較的に保たれるが特有な人格変化を示す認知症が起こる。系統発生的に古い領域である辺縁系が冒され情動障害が目立つ嗜銀性顆粒型認知症や、辺縁系のなかでも海馬領域が冒され、長く記憶障害が続く神経原線維変化型老年期認知症が知られている。この他、皮質下性認知症としてまとめられるが、線条体が強く冒されるハンチントン病、黒質などのモノアミン系が冒されやすいパーキンソン病のように、変性疾患では脳の特定領域を中心に病変の広がりがあり、それに従って、特有の臨床症状が現れる。

 変性疾患で冒されやすい脳病変領域や臨床を理解する基礎には、脳の機能解剖に加えて、Brodmannの脳地図(図9)や上述のFlechsigの脳の髄鞘化地図(図10)が百年以上を経た今日でも有用である。
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